スポーツと教育者

2006年11月号「e-resident」掲載~デンマーク、オーフス・体操世界選手権

―名監督から学んだこと

10月5日から23日まで、デンマークのオーフスで開催された体操の世界選手権にチームドクターとして帯同してきました。

アテネオリンピックでみごと金メダルに輝いた日本男子体操チーム、今回は世界選手権で久しぶりの団体優勝を目標にしての戦いでした。結果は、男子団体が銅メダル、富田選手が個人総合で銀メダル、種目別で富田選手が平行棒で銀メダル、という結果。団体金メダルは惜しくも逃してしまいましたが、いろいろな状況の中、選手たちはよくがんばったと思います。選手を支えるスタッフたちの見事な働きぶりも、再び感じることができました。

今回、男子体操の監督は1984年のロサンゼルスオリンピック・体操個人総合で金メダルを獲得したあの具志堅幸司さん。宿舎のホテルから食事会場、練習会場とそれぞれ徒歩で15分程度の距離でしたから、大会期間中、毎日のように具志堅監督と一緒に歩きながらたくさんのお話をさせていただきました。以前にも書きましたが、帯同ドクターは「付き添い医者」ではありません。競技種目やその場の状況によって、「現場が帯同ドクターに何を求めているか」は変わります。また帯同時だけでなく普段から、「スポーツの現場が医・科学に何を期待しているか」というわれわれの役割を理解することが大切なので、選手やスタッフとのコミュニケーションはとても大事です。その場が練習中であったり、散歩であったり、夜のスタッフとの飲み会であったりします。

現在日本体育大学の教授でもある具志堅監督、教育者としての哲学をたくさん教えていただきました。

「先生、陶冶(とうや)という言葉を知ってますか」

「スポーツや教育の最終目標は陶冶することです」

ホテルに帰る途中、二人で歩いていた大きな公園のなかで具志堅監督は私に言いました。

「陶冶とは陶器や鋳物を作るように、いろいろな試練を経て世の中で役に立つ一人前の人間を育て上げることです」

そんな話をお聞きしながら、「確かに私が今まで出会ってきた一流のスポーツの指導者たちはみんな厳格な教育者なんだよなあ、あの宇津木監督も選手のことはよく殴っていたけれど、選手を人間として一人前にする、てなことをよくおっしゃってたなあ」といろいろなことを思い出していました。単なる競技の技術、勝ち方を教えているのではなく、人生を教えようと努力している一流の指導者の方たち。

さて、自分だって1年半前まで大学の医学部の教官だった。教育者であったはずだし、今だって教育者だろう。人の命を預かる医者、その医者を育てる医学教育、はたして「陶冶する」という目標をもって医学教育にあたっていただろうか。たしかに、患者さんにムンテラしている最中に寝息を立てた研修医を患者さんが部屋を出たあとボコボコに殴ったことは2回ある。胆膵の弟子たちにはERCPのテクニックだけでなく挨拶の仕方も教えた。でも、そこまでの「人間を育てあげる」という強い思いが自分にあったのか。まあ、いろんなことが頭に浮かんできたのでした。

―選手をやる気にさせるキーワード

最近は「コーチング学」という分野もあるようですが、どうやって人に教えるか、どうやってその気にさせるか、ということも、スポーツ現場ではいろいろと勉強になります。ミーティングの際、選手に直接指導する際、監督やコーチたちがどのように語りかけているかとても興味があり、ひそかに耳を傾けています。たとえば野球でピンチのときに監督がマウンドまで行きピッチャーに声をかけることがありますよね。そんな時、監督はなんと言っているのか、また選手はどのように理解しているのか。試合のあとそれぞれに聞いてみるとこれもまたおもしろい。そのうちお話しましょう。

今回、団体戦の前のミーティングで具志堅監督が選手たちに語りかけたキーワードは、「笑顔」でした。「満足のゆく演技ができても、そうでなくても、笑顔を絶やすな。笑顔は相手チームにプレシャーを与え、自分たち味方には勇気を与えるんだ」、やはり体操も個人種目ではない、チームスポーツなんだ、と感じました。監督やコーチが試合前や試合中に選手に語りかけるひとこと、それを即座に理解する選手たち、その背景には、「世界一になるためにここまで一緒にやってきた」という大きな信頼関係があります。

昨日たまたま、今回は世界選手権にいけなかった体操選手とばったり会いました。「世界選手権をテレビで見ていたら、会場内に大きな声が響いてましたよ。顔は写らなかったけど、すぐに小松先生の声だ、ってわかりましたよ」といわれ、ちょっとうれしくなりました。

ああ、今回も長い遠征で疲れたけれど、楽しかったなあ。