巨人のチョーさん

2009年12月「e-resident」掲載~「第2回 ワールドベースボールクラッシック(WBC)」チャンピオンリング贈呈式

去る11月17日に「第2回 ワールドベースボールクラッシック(WBC)」のチャンピオンリング贈呈式が行われたため、わたしも出席してきました。メジャーリーガーの出席者は岩村明憲選手だけでしたが、世界チャンピオンになった面々が久しぶりに集結しました。われわれスタッフも、本物の宝石ではないけれど形は同じで名前も入ったチャンピオンリングをいただき、1カ月間一緒に戦った仲間たちと喜びを分かち合いました。

彼らはドラフト会議を経てプロ野球選手になりました。松坂大輔選手やダルビッシュ有選手のように、スーパースターとしてプロ入りした選手もいれば、そうでなかった選手もいます。結果を出さなければいつクビになるか分からない厳しいプロの世界。プロに進むかアマチュアにとどまるか、悩んだ選手もいたでしょう。一見、華やかそうに見えるプロの世界ですが、数年で去っていく選手の方が多いのですから、「プロ野球」という道を選択するには、皆それぞれ勇気や決断が必要だったはずです。

―ドーハでの出会い

今年のNPB(日本野球機構)ドラフト会議で気になる選手が一人いました。長野(チョウノ)久義選手です。長野選手は日本大学4年のとき、北海道日本ハムから4巡目指名を受けました。巨人入りを熱望していた彼は、それを拒否し、社会人野球のホンダに入りました。

社会人野球に入ってからも彼は成長しました。そのころにドラフトで希望入団枠制度が廃止されたため、2年後に巨人が指名してくれることを祈りました。しかし、昨年ロッテから2位指名を受け、考え悩んだ末、それも拒否しました。今シーズンはさらに大活躍して、今夏の都市対抗野球では打率5割7分9厘で首位打者賞を獲得し、チームを13年ぶりの優勝に導きました。そして今回のドラフトで巨人から1位指名を受け、とうとう念願の巨人の一員になることが決まったのでした。

長野選手とは、3年前にカタールのドーハで行われたアジア大会からの付き合いです。彼はまだ大学生でしたが、全員アマチュアで構成された全日本チームの一員に選ばれ、レギュラーとして活躍。当時のチームには、今回のWBCメンバーだったオリックスの小松聖投手のほか、中日の野本圭選手、楽天の長谷部康平投手、横浜の高崎健太郎投手など、後にプロ入りした選手が多くいました。わたしはチームドクターとして帯同し、選手村で彼らと寝起きを共にしました。

最初は「日ハムの指名を断った長野というのはどんな選手なんだろう」と思いました。世間一般では「どこの球団に指名されてもそこで頑張ります」と宣言する選手の方が爽やかですがすがしく感じられるものです。しかし、チームの中で長野選手はとても礼儀正しく、真剣に野球に取り組むさわやかな好青年でした。皆の話を一生懸命に聞き、一回りも年上の先輩選手たちからも「チョーさん」と呼ばれ、かわいがられていました。

―予期せぬプレゼントに

ドーハの選手村ではこんな“事件”もありました。朝、起床後の散歩と体操が日課だったのですが、選手村内のウォーミングアップ用グラウンドで体操を終え、皆で集まった時のこと。キャプテンの鈴木勘弥選手の掛け声で皆が一斉に長野選手を取り囲みました。次の瞬間、「チョーノ、誕生日おめでとう!」という発声とともに、それぞれが手にしたペットボトルの水を祝福代わりに長野選手に浴びせたのです。

突然の出来事に、びしょぬれになりながら呆然と立ちつくすも「ありがとうございます」と返す長野選手。皆はにこにこ大笑い。ドクターのわたしとしても「風邪をひくからやめろ」なんて野暮なことは言いません。チームが一体になった良い瞬間だなと、慌ててカメラのシャッターを押したのでした。

このアジア大会で日本チームは銀メダルを獲得しました。WBCと同様に全員がプロ選手で構成された韓国チームには、長野選手のサヨナラホームランで勝利し、金メダルを取れば兵役免除のはずだった韓国選手の夢を打ち砕きました。そして金メダルのかかった、やはり全員プロの台湾戦では、選手村で親交を深めた体操の富田洋之選手もスタンドに応援に駆けつけてくれました。9回まで1点リードしていたものの、惜しくも逆転サヨナラ負けを喫してしまいました。とても残念でしたが、皆で声を掛け合い、励まし合い、高校球児のような気持ちで戦うことができた素晴らしいチームでした。

―「巨人のチョーさん」になれ

長野選手も昨年は悩んだと思います。いろいろな人が多くのアドバイスをしたことでしょう。恐らく「巨人にこだわらずにプロへ行け」という意見が多かったのではないでしょうか。それでも、彼は自分自身が決断した道を進みました。

長野選手の素晴らしいところは、その間ずっと、プロから指名してもらえる選手であり続けたことだと思います。社会人野球の先輩たちからもかわいがられ、応援してもらえました。誰もプロに行くための腰掛けなんてことは言いませんでした。真面目ですべてにひたむきな長野選手だからこそです。

「巨人のチョーさん」と言えば長嶋茂雄終身名誉監督ですが、厳しいプロの世界でも頑張って、ぜひ新たな巨人のチョーさんと言われる選手になって欲しいです。

再び全日本の一員として今度はWBCの舞台に立とう! 応援してるぞ、チョーさん。