55.5%という数字がもたらす意味

2009年11月「e-resident」掲載~デンマーク、ヘルニング・レスリング世界選手権、ロンドン・体操世界選手権

外出張が続きました。9月はデンマーク・ヘルニングで開催されたレスリングの世界選手権に帯同、吉田沙保里選手は見事に世界選手権7連覇を達成しました。10月はロンドンで開催された体操の世界選手権。ご存じの通り個人総合で内村航平選手が金メダル、女子も鶴見虹子選手が日本の女子として43年ぶりのメダルを2つ獲得しました。

その間に1週間だけ日本に戻っていた10月2日に2016年の夏季オリンピックの開催都市がリオデジャネイロに決定しました。「2016年の東京オリンピック」は残念ながら実現しませんでした。

―支持率55.5%

体操の世界選手権でロンドンにいる間に、今回体操日本選手団の団長であった塚原光男さんといろいろな話をしました。「月面宙返り(ムーンサルト)」の元祖である塚原さんは、メキシコ、ミュンヘン、モントリオールと3回のオリンピックで金メダル5つ、合計9個のメダルを獲得し、現在は指導者として活躍されています。日本オリンピック委員会(JOC)でも理事、強化育成専門委員会の委員長として、ロンドンオリンピックに向けて指揮を取られています。

競技会場であるO2アリーナに併設されているスターバックスで、塚原さんはオリンピック招致のことを語りました。

「もちろん残念だったけれど、わたしがもっとショックだったのは55.5%という数字ですよ。われわれスポーツ界はこの数字を真摯に受け止めなきゃいけない」

つまり、国際オリンピック委員会(IOC)の調査で東京での支持率が55.5%であったこと、裏を返せば44.5%の人たちが東京オリンピックを積極的に望んでいなかったということです。これは、「だから負けた」というレベルの話ではなく、スポーツの素晴らしさ、東京でオリンピックを行うことの価値を国民に分かってもらえなかったということです。国民全員が一丸となってオリンピック招致を戦うことができなかった。このことを反省して、これからスポーツ界は努力を続けていかなければなりません。

 

―日本で開くオリンピックの価値

45年前、アジア初の東京オリンピックに接した日本人は、間違いなく目の前で行われるオリンピックに心を揺さぶられ、感動しました。競技に感動するだけでなく、さまざまな形でオリンピックに参加することによって、世界中から来た人々と交流し多くのものを得ました。世界に日本を知ってもらうこともできました。

このコラムでも時々書いているように、わたしはスポーツドクターとしてオリンピックなどの世界大会に帯同するたびに、たくさんのことに気付き、勉強させてもらっています。日本を改めて見直すこともできるのです。その喜びを日本の多くの人たちにも味わってもらえる、それが日本で開くオリンピックの価値だったと思います。「なぜ東京なのか」「なぜ2回目なのか」など国民に伝わりにくかったとの意見がありますが、それよりも素直に「日本でオリンピックをやりたいんだ」という熱い思いを伝えられなかった、熱い思いを持てなかった、それがリオデジャネイロとの一番の違いだったのではと感じます。

―人類に貢献、社会をより良く

開催都市が決定した翌日からコペンハーゲンでは、「国際社会の中でのオリンピックムーブメント」をメインテーマに、IOCなど世界のスポーツ関係者がオリンピックの将来について議論するオリンピックコングレスが15年ぶりに開催されました。これからIOCが世界の中でどのような役割を担い活動していくか、それを再確認する大会でした。

オリンピックムーブメントとは、「スポーツを通じて相互理解と友好の精神を養い、平和でより良い世界の建設に貢献する」というオリンピック精神の普及と、さらなる理解を得るための活動のことです。IOCは1894年にピエール・ド・クーベルタン男爵の提唱により、古代オリンピックの復興を目的として創設されましたが、4年に1度のオリンピックを主催するだけではなく、このオリンピックムーブメントの普及がIOCの最たる目的です。

1909年には、嘉納治五郎が日本人として初めてIOC委員に就任しました。精神修練、人間形成のための道として「柔道」を普及、発展させた嘉納師範は、オリンピックムーブメントが自らの教育的理想を実現させる道と考えました。今年は日本がオリンピックムーブメントに参画してちょうど100年という区切りの年でもあります。

東京オリンピック招致は残念な結果でしたが、やるべきことも見えてきました。人類に貢献し社会を良くするために役立てること、これこそがスポーツの価値です。それをもっと多くの人たちに分かってもらう努力をしよう、オリンピックムーブメントを普及させよう、そして、スポーツが今は好きでない人たちに向けても語りかけよう、そう強く思っています。