これは戦争ではない、スポーツだ!

2009年9月「e-resident」掲載~セルビア、ベオグラード・「第25回 ユニバーシアード競技大会」

10年前のNATO軍の空爆による傷跡が今も残るベオグラードの街。そこで出会った現地セルビア人の青年から大切なことを学びました。

セルビアの首都、ベオグラードで開催された「第25回 ユニバーシアード競技大会」は7月12日に閉幕しました。今回のユニバーシアードで、日本代表選手団は合計73個のメダル(金20、銀21、銅32)を獲得し、過去最高の成績でした。選手たちはたくさんのことを学び、これから立派なオリンピック選手に育って活躍してくれることでしょう。

前回のコラムでは、国際総合競技大会の役割として、選手村での生活という普段とはまったく違う環境の中で試合を行い、世界で勝てる選手になるためには、たくましさを身につけなければならないという話をしました。しかし、選手たちが学んだことは、試合に勝つためのことだけではありません。世界各国から集まった選手たちと試合会場だけではなく選手村でも過ごしたほか、ボランティアとしてお手伝いしてくれたセルビアの若者と接したことで、国際親善や世界の平和に関して多くのものを学び取ったはずです。

もちろん、勝つことは大きな目的ですが、これから国際スポーツ人として育っていく選手たちにとって、これらの経験もとても大切です。実際に日本代表選手団の編成方針や使命にも「参加各国・地域との国際・文化交流をはかり、友好を深め、国際親善・世界平和に寄与する」と明記されています。

―ボランティアスタッフとも仲良くする

選手村や競技会場では、チームごとに日本選手団の面倒を見てくれるボランティアのスタッフが付き添います。そのほか、競技の進行にかかわるスタッフ、輸送を担当するスタッフなど、さまざまなボランティアがかかわります。大会によっては、財政難であったり、人員不足であったりして、満足な大会運営が行われないことがあります。「試合会場に行くバスが時間通りに来ない」「練習時間が突然変更された」などということはしばしばです。

試合に勝つためには、そうした状況に対して抗議したり、自分たちの権利を主張したりすることも大事ですが、運営する側も「お金がないのだから仕方ないじゃない」「全員がプロではあるまいし、一生懸命やっているのだから許してよ」といった言い分があります。適当なところで折り合いをつけて、スタッフたちと仲良くすることも、まわりを味方にするという意味で重要です。

―セルビアの青年から学んだこと

われわれメディカルスタッフには、各競技会場を移動するための車の運転手としてデアンが付いて、世話してくれました。デアンは銀行のお抱え運転手として外国からのビジネスマンのために働いています。世界各国からベオグラードに若者が集うことを聞き、ボランティアに応募したのだそうです。

競技会場に向かう車の中でいろいろな話をしました。最初はちょっと堅い話が多かったのですが、ある日われわれの車の前をグラマラスなセルビア美女が横切りました。2人とも視線が集中し、お互い顔を見合わせてにっこり。以来、美人が通るたびに、わたしが「彼女もセルビア人?」と聞き、「もちろん、美女はみんなセルビア人だ」と答えるデアン。一気に2人の距離が縮まりました。女性の話題などは世界共通のようで、仲良くなるのに便利な道具です。

ベオグラードの街には、1999年のNATO(北大西洋条約機構)軍の空爆の跡が至るところに残っていました。最初のころ、彼は気を遣ってか、そのことについて何も語りませんでした。ある日、空爆で崩れかけたまま残っているビルの前を通りかかったとき、知ってはいましたが、あえてデアンに聞きました。

「あの壊れたビルは何?」

デアンは、ここぞとばかりに語り始めました。

「あれは1999年に米国に爆撃されたビルだ。政府の主要施設や警察関連のビルが爆撃されたんだ。でも、あいつらは病院まで攻撃した。何の罪もない市民や子供、医者や看護婦も皆死んだんだ」

次の会場に行くまでの間に、街中に残る爆撃の跡や誤爆された中国大使館、ユーゴスラビアの指導者であるヨシップ・ブロズ・ティトーが住んでいた家などを見せて回ってくれたのでした。ティトーの死後の政治的不安定、ユーゴスラビア解体、さまざまな民族対立や内戦、そしてNATO軍の空爆。それぞれの立場や主張はあるのだろうけれど、平和を求める気持ちは世界共通のはずです。日本人が外国人にヒロシマやナガサキを見てもらいたくなるのと同じ気持ちで、わたしを連れて回ってくれたのでしょう。

ちょうどその日の夜、男子バスケットボールのセルビア対米国がテレビで行われていました。競り合いの末、セルビアは2点差で米国に敗れました。会場は超満員、さぞ「憎き米国を倒せ」と観客が応援しているのかと思ったら、米国チームをブーイングすることもなく、良いプレーには拍手を送っていました。ちょっと意外で驚きました。翌日そのことをデアンに話したところ、彼は言いました。

「だってこれは戦争ではない。スポーツだ」


その通りだ! 世界ではいろいろな宗教や民族、文化の違いがありますが、スポーツはその中で共通のルールをもった、世界共通の文化なのです。スポーツの意義を改めて感じるとともに、自分の役割も再認識したのでした。