熱中症のお話

2007年8「e-resident」掲載~熱中症について

―熱中症は予防できる

ここ数日暑い日が続いています。もうすぐ梅雨も明けるのでしょう。毎年この季節になると、必ず、テレビ局や新聞社から「熱中症について話を聞きたい」という取材の申し込みがあります。熱中症の危険性や救急処置、水分補給の重要性などをマスコミで取り上げていただくのは、熱中症の知識の普及という面ではとてもありがたいことなので、なるべく対応するようにしています。

熱中症は、その重症な状態である熱射病に陥ると、死亡する可能性が高い病気です。とくに、スポーツ活動中の熱中症による死亡事故は、いまだに毎年おきていて、多くの中学生、高校生が亡くなっています。「いってきまーす」といって元気に家を出た子供が、次の日には変わり果てた姿で家に戻ってくるのです。家族としてみれば、「どうして?」という気持ちになるのは当然で、最近は訴訟の件数も増えてきているようです。熱中症の知識は昔に比べて普及してきているにもかかわらず、死亡事故が減らないのは、近年の都市化によるヒートアイランド現象や地球温暖化の影響もあります。スポーツによる熱中症事故は無知と無理によって健康な人に生じるものであり、適切な予防措置さえ講ずれば防ぐ事ができるものです。

そもそも私が、熱中症にかかわることになったのは、今から約15年も前のことでした。それまで日本においてはスポーツ活動中の熱中症予防に関する具体的な予防指針が出されておらず、悲惨な熱中症事故を何とか防ごう、という目的で、平成3年に日本体育協会に「スポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究班」が設置されました。そのとき、現在私の国立スポーツ科学センターの上司である、川原貴先生に声をかけていただき、研究班に加わらせていただきました。研究班では、スポーツ活動による熱中症の実態調査、スポーツ現場での測定、体温調節に関する基礎的研究などを行い、平成6年には「熱中症予防8か条、熱中症予防のための運動指針」を発表し、以後、啓発活動に力を入れてきました。このガイドラインは、日本体育協会のホームページでダウンロードできますのでご覧いただけたらと思います。

今では考えられないことですが、あのころは「熱中症」という言葉もそれほどポピュラーではありませんでした。「日射病」という言葉のほうが一般的で、「熱中症って何かに熱中しすぎること?」なんて聞かれたこともあります。実際、自分自身も高校時代サッカーをやっていたのですが、「練習中に水を飲みすぎると走れなくなるからなるべく我慢しろ」といわれていました。ちょうど高校1年のとき「ゲータレード」なるものをはじめて手にして、「これは運動中に飲んでもおなかが痛くならない水だ」と先輩に言われたことを思い出します。

―未だに死亡者は減っていない

地道な活動の甲斐があり、最近では、「暑い時期にスポーツをする場合にはこまめな水分補給が大事」ということは知識としてはかなり浸透してきました。しかし、実際には、スポーツの現場で適切な水分補給ができていない場合もまだ多いのです。

クラブ活動中に、「自由に水を飲んでもいいよ」といっても、「先輩よりも先に飲めない」、「すぐ近くに水がない」、「水ばかり飲んでいたらだらしがない」といった、水分補給を邪魔する要素がまだまだ存在します。スポーツの現場では、いつでも水分補給ができる環境を作ってやる、いつでも水分補給ができる「雰囲気」を作ってやる、という事が大事です。脂肪肝の患者さんに、「運動したほうがいいですよ」なんていったって誰もやりゃしない、運動ができる環境、仕組みを作ってやることのほうが大事なことと同じです。こう考えると、また「仕組みを作ること」に行き着いちゃいました。

これを読んでいる研修医の皆さんは、きっと「一人前の医者になること」に熱中していることでしょう。その気持ちを持ち続けてくださいね。私も、この年になって、まだまだ「熱中できるもの」がたくさんあって、幸せだなあ、と感じているわけです。