スポーツ選手と食べること

2006年10月「e-resident」掲載~~中国広州・レスリング世界選手権

いま、レスリング会場の体育館のスタンドでこれを書いています。現在、中国の広州でレスリングの世界選手権が開催されていて、ドクターとして帯同しているのです。

大会は9月25日から始まりました。男子グレコローマン、男子フリー、女子の順番に試合が行われます。昨日まで、わが日本選手の成績はいまいちでしたが今日は男子フリー60kg級の高塚選手ががんばり、夕方の銅メダルをかけた戦いに挑みます。何とかメダルをとって日本選手団に勢いをつけてもらいたいと思います。

世界最強のレスリング女子軍団も昨日到着しました。先ほど練習会場に顔を出してきたのですが、浜口選手も吉田選手もみんなとても元気でした。今回もいつものように金メダルラッシュを期待できると思います。

―レスリングと減量

午前中の試合が終わり今も試合会場に待機している理由は、午後3時から明日の試合のメディカルチェックと計量が行われるためです。メディカルチェックとは試合前に皮膚の感染症などがないかをドクターにチェックされること。また、減量は体重別競技にはつき物ですが、レスリングの場合には前日に計量が行われるという特徴があります。

計量が前日の午後行われ、試合は翌日の朝からなので計量にパスしてから試合までに18時間くらいあります。その間に選手たちは少しでも「体重を元に戻す」ことができるのです。選手によっては1週間に10キロ近くの減量を行う選手もいます。ただし計量後1日で5キロ近く体重を元に戻すことのできる選手もいます。特に最後の1-2日は、「脱水と腸内容の虚脱」による体重減少がほとんどですが、このような「急速減量」は医学的にいいはずがありません。しかし、選手にとっては「力や体調を落とさずに試合のときには少しでも重くなる」ことが重要で、すなわち、「1日で少しでも体重を戻せるかどうか」が大きなポイントになります。

計量後直ちに選手たちは食べ始めます。レスリングのコーチたちは「強い選手は計量後しっかり食えて体重を戻すことができる」といいます。すなわち、しっかり食えるかどうか、胃腸が丈夫かどうか(ちょっと医学的な表言い方ではありませんが)、がレスリング選手にとっては大事なのだそうです。もちろん、脱水がひどい場合には、われわれが点滴などで手伝うこともあります。しかし、食えなくて点滴をしなければいけない選手ではだめなのかもしれません。ちなみに、世界最強の女子レスリングの連中は計量後の点滴などはめったにしません。

―口から食べられなきゃだめだ

「食えない選手はだめだ」これは医学的にも正しいことだろう、と想像できます。今までたくさんの患者さんを見てきましたが、やはり食べられなくなってしまったらだめでした。術後や病気の回復なども口から食事を取れる患者さんのほうが早く回復します。いくら、点滴や経管栄養などでカロリーや栄養を補ってやっても、「口からとること」にはかないません。「食事」というものがいかに大事なものかというのは経験的に明らか。そしてそれはスポーツ選手でも同じです。

―スポーツ選手とサプリメント

そのように考えると、スポーツ選手ですぐ頭に浮かぶのが「サプリメント」です。世の中には、ビタミンやミネラルの類からプロテインや怪しい健康食品、様々なサプリメントが氾濫しています。実際、多くのスポーツ選手がサプリメントを使っています。

理論的には必要な栄養素やビタミンなどをサプリメントだけでとるのは可能です。しかし、「食事」というのは、見たり、味わったり、においをかいだり、なにより「食事をする楽しみ」がある。つまり「栄養を身体に入れること」ではなく「食事をすること」が、人間の身体に様々なよい影響を与えているのだと思います。

ですから、スポーツ選手も「基本は食事」。サプリメントは様々な状況において食事を補うものととらえて、しっかりした知識をもって摂取することが大事です。私がいる国立スポーツ科学センター(JISS)の栄養指導室のスタッフも常々「食事の大切さ」をスポーツ選手に指導してくれています。

「食は広州にあり」といいますが、ここ中国・広州には伝統的な食文化があります。昨日も、一緒にドクターとして帯同している私の師匠、東芝病院の増島篤先生と広州の街中をぶらぶら食事に行きました。様々なものを料理していて、見ているだけでもとても楽しい。一杯5元(80円くらい)の水餃子を食べた後、薬屋さんに入って見物、へとへとの私は元気の出そうな漢方のドリンク剤を思わず買ってしまいました。「サプリメントに頼るな」などと書いておきながら、だめ医者ですなあ。

ちなみに、私が買ったドリンク剤は「梅花鹿茸血」という名前でしたが、このドリンク剤に含まれている、「鹿茸(ロクジョウ)」という成分はドーピング禁止薬物です。日本で売られている滋養強壮剤の中にもこの鹿茸(ロクジョウ)を含むものがあるので、注意が必要です。スポーツ選手がサプリメントをとる際には、ドーピングの知識もなくてはいけないのです。そのうちドーピングの話もしたいと思います。