日別アーカイブ: 2011年7月18日

今日も松本の街を散策、ああ中身の濃かった大学時代

信州・松本、7時に起床し、ニュースでなでしこジャパン世界一のニュース。あきらめずに頑張ることを体でしめしたなでしこたち。どれだけの人たちが勇気をもらったのだろう。スゴイスゴイ。

さて、今日は写真いっぱいの超大作。自転車を借りて、学生時代を過ごした松本の街を回りました。

まずは、駅前からスタート。民芸レストラン「盛よし」の2階に私がよく通い、ウエイターのアルバイトもやった、バロックが流れてチーズケーキがうまい喫茶店「無伴奏」がありました。マスターもなくなり、店もなくなってしまったけれど、やっぱりここからスタート、原点。

伊勢町を通って中町へ、カレーの「デリー」は昔のまま。その横を通って女鳥羽川沿いの喫茶店「まるも」へ。

ここは松本で初めて女性と一緒に入った喫茶店。モーニングセット500円を注文して、しばし哀愁のカサブランカ。そういえば映画「カサブランカ」を観た縄手の映画館はもうなくなってました。

みどり町には、国家試験の前、そのころの彼女と毎日のように通って一緒に勉強した、というかおバカな私に彼女がいつも教えてくれた喫茶店「アミ」があったけれど、そこは違う居酒屋に。たしか火事で焼けてなくなっちゃったと聞いた。いずれにせよ、私を医者にしてくれた彼女に感謝、感謝。

上土を通って、裏町から日ノ出町へ。生まれて初めて「ネギトロ巻」を食べた「三重鮨」も健在。そして、あの頃ちょうどできたカタクラモールのわきを通って、初めて一人暮らしをした里山辺のアパートを目指します。そういえば横切った「やまびこ道路」は昔は「国体道路」って呼んでたなあ。

あーあった、あった。30年以上経つのに、そのアパートはまだ健在でした。いろいろなことがあったなあ。昨日のことのように、あの建物の中で経験した様々な思い出がよみがえりました。

次いで、あがたの森公園に向かい「旧制松本高校」跡地へ。おひさまの陽子のお兄ちゃんも松高に通ってた。「旧制高等学校記念館」を見学して、「われらの青春ここにありき」の石碑も健在。北杜夫の「どくとるマンボウ青春期」を読んで憧れたバンカラ学生生活。私が信州大学に入学したころは、ここにはまだ「思誠寮」が残っていて、入寮している友人もいました。ちなみに、信州大学医学部バスケットボール部ではコンパのたびに、松高の寮歌「春寂寥」を歌いました。

よし、次は学生時代最後に住んでいたアパートはどうなっているかな、と、開智小学校の裏を目指します。近くに「奈川」って安くてうまいそばやがあったけれど、なくなってた。でもその近くに昔は女鳥羽川沿いにあった蕎麦屋の「もとき」が。でも、僕は「女鳥羽そば」のほうが好き。

「本間のうなぎや」やあのころ可愛いオネエチャンがいて学生に人気があった「丸山歯科医院」も健在、そして、最後の3年間を過ごした「木下コーポ」も健在でした。あの頃立てたばかりの建物で、管理人を兼ねるということで家賃を安くしてもらっていたけれど、管理人らしきことは何もしなかったなあ。ほんとにみんなにお世話になった。再び、旧開智学校の横を通って、やっぱり松本城を一枚。

縄手通りを通って再び中町へ。ここには松本にくると必ず寄る版画ギャラリー「無伴奏」があります。昔はあの喫茶店の中で版画の展示・販売もしていたのだけれど、マスターがなくなってからママさんが中町に店を出しました。久しぶりの再会。お元気。でも7月いっぱいで店を閉めるんだとか。よかった、7月中に来て。30年前初めて買った版画は、秋山巌さんのふくろう「先生と生徒」。1万5千円は学生にとっては大金だったけれど、今でも家のリビングに大切に飾ってあります。ママさん、お元気でね。

そして最後は駅前のとんかつや「たくま」へ。ここは卒業試験の最中に毎週通った店。医学部の卒業試験は2か月近く続き、週に2回のペースでテストがあります。実力のなかった私は「試験にカツ」というゲンを担いで試験前に必ずここでカツを食べました。そうかー、そう考えると何とか試験に通って卒業できて医者になれたのはこの店のおかげでもあるな。感謝、感謝。

店に入って、カウンターに座って「カツカレー」を注文。店のおやじさんは年はとったけれど30年前と同じ顔。味もボリュームも同じでうれしい。

てなわけで、あっという間の4時間でした。やっぱり、大学時代の6年間は本当に中身の濃い、ぎっしり詰まった6年間であったことを実感しました。そして、近くに見える懐かしい山々を眺めながら、「かならず信州に戻ってくるぞー」という思いを強くして、新宿行きのあずさ号に乗ったのでした。

久しぶりの信州・松本

今日は、久しぶりに松本に来ています。

医学部の学生だった青春時代6年を過ごし、たくさんの人生勉強をさせていただいた松本です。

元総務省の防災課長、現在自民党長野県第二選挙区支部長で神奈川大学教授の務台俊介さんのお招きを受け、USTREAMむたい俊介アワーに出演してきました。

スポーツの価値、地域再生とスポーツ、スポーツと健康、そしてスポーツを支える仕組みなどについて務台さんと熱く語ってきました。とても楽しいひと時でした。http://ustre.am/jyRg

対談の後、松本の街をぶらぶらしました。

2年ほど過ごした今町の下宿、丸山フルーツの甘栗工場の二階は27年前のままでした。そのあと西堀から縄手通りを通って裏町へ。

裏町はだいぶ変わっていました。学生時代面倒を見てもらったいくつかの店も、みんな無くなってました。そりゃあそうですよね。

ドッペリ横丁のトリスバー「銀馬車」もすでになく、「パンドラ」は残っていたけれど店は閉まっていました。

しかし、時々通ったジャズ喫茶の「エオンタ」は健在、店に入ると存在感のある大きなスピーカーも昔のままでした。

ジャズの流れる中、ベルギーのビール「ドユーベル」を飲みながら学生時代のいろいろな思い出がよみがえってきました。

エオンタを出て今度は伊勢町から駅前へ。「ずくなし」も「草枕」もまだあったけれど店はしまってた。

そして最後は天神へ。学生時代、ご夫婦に面倒を見てもらった「塚本」はやっぱりもうありませんでした。

さわやかな空気、目の前に迫る山々、手が届きそうな雲やきれいな星、やっぱりいつかは信州に戻ってきたいなあ、と感じながらホテルに到着。

明日は自転車でも借りて、懐かしい場所をもっと回ってみようかな。