Archive for 2月, 2011

毎日30分のリ八ビリ

月曜日, 2月 28th, 2011

手術後ほぼ順調に経過しています。ただ、左足の付け根の神経痛が結構痛い。まあ、いっぱい切ったわけだからしょうがないね、だんだん良くなるでしょう。

毎日30分のリハビリがあります。やはり一人だと、さぼってなかなかやらないけれど、手伝ってくれる人がいると進みます。トップアスリートにおけるトレーニングコーチやトレーナーと同じ役割ですね。でも、何のためにやるのか理解していないと効果が上がらないのも同じです。

今日はリハビリ室で、以前国立スポーツ科学センターで一緒に働いていた整形外科のS先生と久しぶりに会いました。働きながら子供も3人育てて、さらに今度は大学院に入ったんだとか。すごいねえ。

リハビリ室はとても広くて開放的で、そこで体を動かすのは気持ちが良いです。

今日はアート・ペッパー、明日はコルトレーン

日曜日, 2月 27th, 2011

入院して2回目の日曜日、術後ちょうど10日です。

テレビもかなり見飽きてきた。同じようなバラエティーやワイドショーばっかり、何よりコマーシャルが多い。その点NHKはコマーシャルもないし、いい番組を作っているね。受信料を払う価値は十分ある。普段あまりテレビを見ない僕ですが、この2週間でテレビに関してはいろいろ勉強できました。

今日は家人に昔聞いたジャズのCDをたっくさん持ってきてもらって聞いてました。

今日はひたすらアートペッパー。久しぶりに聞いたけれどやっぱりいいね。というか、最近は音楽をゆっくり聞く余裕も最近はなかったのかもしれない、と改めて気づきました。

学生時代、ジャズ聞くと大人になったような気がして、ジャズ喫茶にも結構通ってた。松本にはあのころ「エオンタ」っていう、店の中でおしゃべりしちゃいけないジャズ喫茶があったけれど、今もあるだろうか。

一関の「ベイシー」にも行ったことあるなあ。高野悦子の二十歳の原点の中に出てくる京都の「シアンクレール」を訪ねたこともある。やっぱり、学生時代って時間があったんだね。

よし、明日は、コルトレーンの歌うようなサックスを聞きまくることにしよう。

初めての学会発表と露天風呂での混浴

土曜日, 2月 26th, 2011

病室の窓から某女子大のテニスコートが見えます。

25年前、医者になってからこの病院で2年間研修した私は、このテニスコートのすぐ隣の研修医用の寮に住んでいました。

すべてに敏感だったあの頃、まともな医者になろうと頑張っていたあの頃、ずいぶん前のことだけれど昨日のことのように思い出されます。

指導してくれたドクター、看護婦さん、そして患者さんや患者さんの家族、たくさんの方たちに育てていただきました。

研修医一年目の時、血液内科の鈴木憲史先生から、「小松君、来年札幌で臨床免疫学会があるんだけれど多発性骨髄腫のデータまとめてみる?」と言われました。

鈴木先生に手取り足取り指導していただき、多発性骨髄腫の患者さんのカルテを取り寄せ、データをまとめ、翌年に日本臨床免疫学会総会で発表しました。私にとって初めての学会発表でした。

忙しい臨床病院での研修でありながら、医学の、アカデミックな面にも触れさせていただいたことは本当にありがたかったです。

札幌で発表した帰り、ご褒美に、小樽に寄って毛ガニを食べて、長万部、函館から青函連絡船にのって列車で東京に帰りました。

長万部まで行く途中、なんて名前の駅か忘れましたが、列車の車窓から露天風呂が見えたので急遽途中下車して鈴木先生と露天ぶろにつかっていたら、若い女性3人が入ってきて混浴、こっちは恥ずかしいのに、彼女たちはいかにも北海道の女性という感じでおおらか。いろいろな話をして楽しかった。

函館でも、ぶらっと一人で入った「シャッポ」っていう名前のバーで、たまたま来ていたお客さんの女性と真夜中函館山に登ったなあ。あのバーはまだあるんだろうか。

いまではあまり考えられないことだけれど、あのころまでは学会のあとちょっと寄り道できたりしました。今よりは少しは余裕があったのかもしれません。

その鈴木先生、先日病室に来てくださいました。25年前とまったく変わらずパワー全開、とてもうれしかったです。