Archive for the ‘コーヒーブレイク’ Category

100円のうまいコーヒーに思う

月曜日, 2月 9th, 2015

月曜の朝恒例の街頭演説を終え、長野事務所でのミーティングを終えて、上京する新幹線の中で書いています。

2回目の当選をさせていただいてからもうすぐ2か月、長野事務所の体制の整備、あいさつ回り、新年会、後援会組織の立ち上げ、国会も始まりました。

一週間に大体3往復する新幹線の中、少しでも体を休めようと、目を瞑っている事が多いのですが、しばらく書いてなかったブログを書かなきゃ、と奮起してPCの電源を入れました。

コーヒー好きの私は、今日も新幹線に乗る前、長野駅の待合の売店でコーヒーを買いました。

1杯100円、新幹線の中で買うと310円、断然安いから、朝などは2台あるコーヒーメーカーの前に行列ができるのだそうです。

売店の女性がそう教えてくれました。

安くてよいのだけれど、でもそれが本当に良いことなのか?

規制改革や農協改革の議論とも重なり複雑な気持ちになってきました。

おそらくそのうち車内販売のコーヒーはなくなり、ほかの商品も乗る前に買ったほうがいくらか安いわけだから、車内販売もなくなっちゃうかもしれません。列車の風景が一つ消えてゆく。

街の中からも、昔ながらの喫茶店がどんどん消えていっています。

高校生時代、女性をデートに誘う言葉は「お茶でも飲みませんか?」でした。

喫茶店での初デート、今でも鮮明に覚えています。

たまり場でもあった喫茶店でコーヒー飲みながら、様々な大人や仲間と語り合いました。コミュニケーションの場でもありました。

今の時代はそれがラインやツイッターってことなのか。

規制改革や競争原理、そんなことばかり叫んでいると、やがて日本のふるさとの原風景は消えていくでしょう。町の商店街がなくなり、学校から給食を作るにおいが消えていったのも、同じこと。

コーヒー1杯でいろいろ考えちゃうなあ、でも政治家だから責任をもって考えて取り組まないと、などと思いながら、もう東京です。

しかし鮮明にその場面を覚えている初デートした喫茶店、その名前を思い出すことがまだできずに、ちょっとショックな小松でした。

 

 

 

久しぶりの東大病院の古~い研究室

土曜日, 5月 25th, 2013

昨日は、厚生労働委員会が終了した後、久しぶりに17年間お世話になった東大病院を訪れました。

まずは消化器内科の小池和彦教授室を訪問、この4月から日本内科学会の理事長になられた小池先生です。私の学位の審査もしていただきました。

ご多忙のなか、医療の将来や大学での研究の話などをゆっくりとさせていただきました。

そして、懐かしい研究室も久しぶりです。もうすぐ取り壊されてしまうからこれが見納めかも。

みんな脇目も振らず研究していました。これが旧第二内科の25研。

20年以上前、私が実験もしていたころ、この写真の正面の換気扇の下の机が私の机でした。

こちら大塚先生と平田先生、頑張って世界的な研究をしています。

それから、廊研(研究室が足りなくうなったためにかつて廊下だったところを研究室にしちゃった)へ、いました私の愛弟子・平野賢二先生。

平野先生が医者になって間もないころ、医者としての心得、ERCPのテクニック、学会抄録の書き方、あいさつの仕方なども教えました。一緒にいたJR病院は楽しかったね。

もちろん今は「自己免疫性膵炎」研究の重鎮です。

そして、胆膵の臨床研究をやっていたころの研究室、6研へ。

私の後、8年前から胆膵グループを引っ張ってくれている伊佐山先生、胆膵の内視鏡治療では、もはや世界でイサヤマを知らない人はいないほど有名。

そして、わきを固める中井先生と山本夏代ちゃん、ビッグな伊佐山先生もこの二人をはじめ周りの支えがあってこそ。

本棚には、私が残して行った「こまつ」と書かれた本がたくさん残ったままでした。

8年前、消化器内視鏡・胆膵の世界からスポーツの世界へ移動した私ですが、残ったみんなががんばってくれていて、再び訪れることができる幸せ!

ああ感謝!

これからは、政治家として医療の世界を、そして世界的な研究を支えるからね!

遠藤俊吾の壮行会、久しぶりに医学部時代の仲間たちと再会

金曜日, 3月 23rd, 2012

3月20日の夜、久しぶりに信州大学時代に医学およびその他もろもろを共に学んだ仲間たちと再会しました。

現在、昭和大学横浜市北部病院准教授の遠藤俊吾君が福島に栄転されるということで、その壮行会。

信州大学医学部の学生だったころ、遠藤と小山隆君が共同で借りていた家に毎晩のようにみんなが集まりました。

まあ今考えると寮みたいなもんだったな。

酒を飲みながらいろいろな話をしたり、メンツが集まると麻雀したり、もちろんみんなで勉強もした。

試験の前にあそこに行くと様々な情報を仕入れることもできました。

授業にあまり出なかった私は、あの家でみんなにやさしく教えてもらって、一晩で馬鹿から利口に変身することもできました。

その代り、麻雀ではいつも「カモ」になってたな。

でもみんなのおかげで医者になれたのだから、授業料だったと思えば相当安かったかも。

なんたって、あそこに集っていた仲間たちの中からもうすでに母校の教授が二人誕生、そして今度は三人目。

楽しいだけじゃなくて刺激もたくさんもらえるいい仲間たちでした。

集まったのは11人、みんなそれぞれの立場でがんばっているから、生き生きしていた。

話の内容も、みんな前向きなことばかり。昔と全然変わらない。

全員50歳以上のおじさん軍団には見えなかったよ。

これからも、それぞれの立場で、まだまだ日本の医療のために頑張りましょうね!